当日は講師として話をさせていただくだけでなく、時間のある限り、その場でのご相談もお受けしたいと考えております。
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また、「Please provide me an original copy of your publication for our records, showing where/how WHO material appears and how it is referenced on your product」ともあり、制作物を一部をおくり、どのように使われているかを確認する、とのことです。もっともWHOの情報自身を情報として配布するようなケースもあり得ます。そのような場合は、間接的には企業活動の広告宣伝かもしれませんが、プロモーションではないように思います。
WHOの情報が「直接に」特定の製品をサポートすることは少ないはずです。その一方で形式的には、資材の中でWHOの情報を使っている以上、そのことが結果的にWHOの情報がプロモーションをサポートしたことになる、と言えるように思います。
そう考えれば、やはりWHOの情報は資材では使えないということになります。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般
に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資
料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新
聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨
の表示がある場合は、この限りでない。
この解釈は、大幅引用だけでなく、全部転載もみとめている「借用規定」とでも
いうべきもの、とされています。(著作権法コンメンタール:2巻p.186)
条文からあてはまる要件を抜き出すと、以下のようになります。
(1)国、もしくは地方公共団体の期間、独立行政法人または地方独立行政法人
が作成したもの。
(2)一般に周知させることを目的として作成されたもの。
(3)説明の材料として使う場合。
(4)禁転載との記載がないこと。
(1)については、上記の機関の名義のもとに公表する広報資料、調査統計資
料、報告書その他これらに類する著作物で、発行ではなく、作成とされているの
で、執筆、編集が上記であれば印刷発行の主体が民間でも対象になると言われて
います。(著作権法コンメンタール:2巻p.208)
(2)については、政府が発行している白書の類、文部科学白書とか経済財政白
書等、ただし、学術論文と同性格のものは含まれない(著作権法逐条解説:p.245)
(3)については、それを丸ごと複製したものを販売するようなことは認められ
ないが、説明文がすくなく、転載のほうが分量が多くても問題とはならない。翻訳も全文の資料の転載も認められている。(著作権法コンメンタール:2巻p.209)
(4)については、統計資料などには「禁転載」の記述はないようです。その一方でこれらの統計資料から作成された「国民衛生の動向」などには「禁転載」の表示があります。
ただし、著作権法上は、あくまでも「転載」とあるので、公衆送信(WEB掲載)するときなどは許諾が必要になります。
知的財産高等裁判所 平成 21年 (ネ) 10030号 著作権に基づく侵害差止請求控訴事件
新聞販売店と新聞社の間のトラブルに関して、ジャーナリスト(被告、被控訴人)が新聞社(原告、控訴人)が販売店に出した「回答書」や「催告書」をWEBに掲載したため、それらが著作物であり、複製に当たるとして訴えた案件である。
原審で「本件催告書は,著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」であるとはいえないから著作物に当たらない」などと判断し原告の請求を棄却したが、原告側は『本件催告書の著作物性について言語表現物が著作物に該当するか否かは,表現それ自体に独創性が存在するかを判断基準とすべきではなく,「誰が書いても同じになる」とはいえない程度の表現の配列や全体的な構成であるかを判断基準とすべきである』などと主張して控訴した。
知財高裁は控訴を棄却したが裁判の中で以下のように言語表現の著作物性について言われている。
『言語表現に著作物性があるか否かは,何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,作成者の個性が何ら現れていない場合は,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。言語による表現では,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,
他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作
成者の個性が現れておらず,「創作的に表現したもの」ということはできない。』
さらに、裁判所は原告が問題になった文書をひな形をもとに書いたのであり、独自に書いたものではないのではないか、という疑問をもったようで、以下のように言う。
『原告本人尋問において,本件催告書のうち,原告自身が創作性があると考える部分は具体的にどこであるかという質問に対しては,全体として創作性がある,又は自分で考えて作成したことに創作性がある旨の供述に終始しており(原告本人尋問調書9ないし12,23,25頁),具体的な創作的表現を指摘できず』とあります。
つまり、創作性の主張=著作物性の主張に「具体的な創作表現を指摘する」ということが求められているとも読めます。
なお,本件訴訟の審理の経緯にかんがみ,付言する。上記のとおり,被告らの行為は,原告各イラストの著作権又は著作者人格権を侵害するものではなく,被告らが原告に対しこれによる法的責任を負うものではない。しかし,被告らがイラスト作成を依頼したAにおいて原告各イラストに依拠し,これを参考にして被告各イラストを作成したことは前示のとおりであり,被告各イラストが,一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない。裁判所は翻案については、「本質的な表現上の特徴を感得することができるものとはいえない」として従来の最高裁の規準を出して著作権侵害を退けているものの、判決文の中で「一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない」とも書いており、「一見似ていること」と「本質的特徴が感得されること」は異なるという説明をしています。確かにイコールではないでしょうが、少しわかりにくいようにも思います。
原告において,被告各イラストを見て原告各イラストを模倣されたと感じたことは無理もないところであるし,被告らにおいてもこの点を問題視していたことは,原告からの指摘後直ちにマンション読本の配布を取りやめるとともに,全ての在庫を調査して回収し,廃棄していることからも明らかである。したがって,被告らは原告に対し,法的責任はともかく,道義上の責任を負うことは否定できない。
学会ランチョンセミナーなど、企業がスポンサーのセミナーで図表を利用する場合、許諾はどうすべきでしょうか?
これについて、ある出版社からは、先生が発表の中で利用するのは学術利用=適法な引用の要件を満たしていれば許諾不要であり、その発表に付随して会場で配布するハンドアウト程度であればOK。ただし、その記録を企業がリーフレットなどにして印刷する場合は、別途許諾が必要になる、という解釈が示されました。
あくまで一つの出版社の解釈であり、他の出版社にはそれぞれお考えがあると思いますが、参考になると思います。
オリジナルの図表、文章、などに、何らかの変更を加えることは製作の現場では日常的におこなわれています。単にレイアウト上の問題から、より見やすく、さらには、より強調したいとか、あるいは不要な(見せたくない?)データの削除といったレベルまで実際は様々な理由でおこなわれているようです。
著作権者および著者に無断で改変はできない、これが我が国の著作権法の原則です。
同一性保持権(著者に属する権利)
第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
翻訳権、翻案権等(著作権者が有する権利)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。
したがって、著者、著作権者の権利なのですから、「この程度の改変が許されるかどうか」ではなく、「この改変を著者や著作権者が許可してもらえるか」という視点で考える必要があります。そうすれば、自ずと適正な範囲の変更というのも見えてくるように思います。
第21条同一性保持権
著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。(複製の定義:第2条「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」)
著作権法第20条翻案権
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
著作権法第27条複製して利用するということは、言い換えれば、外形的にも、もちろん内容的にも同じものを使うことです。
著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。
「著作権法自体が認めている他の条項との平仄をとるために、一定の場合には同一性保持権を制限する必要がある。たとえば翻案には改変をともなうが、著作権者が翻案を承諾したにもかかわらず、著作者に同一性保持権の主張と認めるということは翻案自体の否定を意味する」(中山信弘 著作権法p402 有斐閣)中山氏は著作者の「名誉・声望を害さない範囲の改変についての同意は20条に優先する(同書p.395)」と認めることで著作権の財としての価値を高めることができ、著作者にとっても利益がある、と言います。「翻案権の譲渡・利用許諾ということを認める以上、翻案をする権原を有するものが改変できることは、法の当然に予定しているところとも言えよう(同書p.395)」
H17.11.21 知財高裁 平成17(ネ)10102 著作権 民事訴訟事件
判決では、個々の著作物を使ったのであって、編集著作物自体の権利を侵害したのではないとして、訴えを退けた。
医薬関連の事例で置き換えれば、医薬品の情報集や編者、監修者がいる単行書のようなものが想定できる。この判例に従えば、その情報集を構成している個々の著作物を使うならその部分についての著作権者の了解のみで使えると言うことになる。むしろ、編者から許諾をとれば、個々から取らなくてもOKと言うことにはならないことに注意をしたい。
日本の薬科大学に研修員として入学した原告が発表した論文(以下「原告論文」)に依拠して作成された論文(以下「被告論文」)に、執筆者として原告の氏名が表示されておらず、また、論文中で原告が作成した論文の成果を前提としたものであることも指摘しなかったことが、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害にあたるとして、訴えたもの。
主たる争点は、原告論文が著作物といえるか、です。著作物であれば当然権利の対象になりますが、著作物でなければ対象になりません。したがって、この判例は「学術論文」という特殊な著作物において、第三者の論文を利用する際の参考になるので、長くなりますが紹介します。裁判所は、このような自然科学に関する論文の著作物性に関し、以下のように判断しています。
「論文に同一の自然科学上の知見が記載されているとしても、自然科学上の知見それ自体は表現ではないから、同じ知見が記載されていることをもって著作権の侵害とすることはできない。また、同じ自然科学上の知見を説明しようとすれば、普通は、説明しようとする内容が同じである以上、その表現も同一であるか、又は似通ったものとなってしまうのであって、内容が同じであるが故に表現が決まってしまうものは、創作性があるということはできない。もっとも、自然科学上の知見を記載した論文に一切創作性がないというものではなく、例えば、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章で構成される段落について、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章として捉えた上で、個々の文における表現に加え、論述の構成や文章の配列をも合わせて見たときに作成者の個性が現れている場合には、その単位全体の表現として創作的なものということができるから、その限りで著作物性を認めることはあり得るところである。」
つまり、実験の結果やそこから得られた知見といった学術研究の成果そのものは、著作権法による保護の対象になりません。著作権侵害の判断にあたってはその表現を比較すべきです。しかし内容が同一ないし類似の自然科学上の知見や事実関係については、誰が書いても同一又は類似する表現になってしまう傾向が強いでしょう。したがって原告論文中の当該部分については、表現における創作性を認めることはできないとして、原告の請求が斥けられたものです。
著作権法はあくまで「表現」を保護するものです。
著作権法第2条にあるように「思想または感情を創作的に表現したもの」
を対象としており、一方で創作的でないものや事実、データなどは保護の対象にならない、とされています。また「アイデア」も保護されません。「思想または感情」を保護するのではなく、それが表現され、さらに「創作的に」表現されてはじめて著作物となるといえます。アイデアの保護については特許権などの工業所有権で保護されます。
「アイデアと表現の混同は、学術的な性質を持つ著作物で認められやすい(注1)」と言われています。「先人の理論、思想、見解などに対する批判的検討を経て到達した新たな理論、新たな思想、新たな見解などは、前に述べた事実やデータと異なり、その者の思想ないし感情を内包している。しかしそこから直ちに、理論、思想、見解が著作物性を有するというべきではない。法は、思想(や感情)を内包しているだけで著作物としているのでなく、それが創作的に表現された場合の表現を著作物としているからである。」(注2)
(注1)吉田大輔「改訂 著作権が明確になる10章」出版ニュース社、2003年、pp.40
(注2)新版 判例から学ぶ著作権 北村行夫 2004年 大田出版 p.48
著作権法の著作物の定義は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法第2条)となっています。さらに10条で著作物の例示として「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」が上げられています。写真については上記の10条の例示の中に「写真の著作物」があります。
「創作的に表現」という意味では精緻なメディカルイラストレーションはもちろん著作物ですし、よほどありふれた図形によるものでなければ、多くのイラストや図は著作物といえるでしょう。また場合によってはメディカルイラストレーターなど、論文の著者ではない人がイラストを作成している場合もあるでしょうから、その場合に著作権がどうなっているかは調べる必要があります。
写真については「平面的なものを正面から写したものは著作物ではない」とされています。ですから絵画を正面から取った写真は写真としての著作権はありません。ただし絵画としての著作権はありますから、注意が必要です。一方立体物を写した写真は著作物であるとされます。それは写し方に創作性の入る余地があるから、とされています。しかし立体だからといって証明写真のようなものは著作物とは認められません。写真の著作物と認められる場合について、肖像写真のような場合でも、「被写体にポーズをとらせ、背景、証明による光の陰影あるいはカメラアングルなどに工夫をこらすなどして、単なるカメラの機械的作用に依存することなく、撮影者の個性、創造性が現れている場合には、写真著作物として、著作権法の保護の対象となるjと解するのが相当である」(注:ブロマイド事件、昭和62年7月10日東京地裁)とされています。
それでは医学論文中の写真については、どうでしょうか?学術的な内容で使われている写真はX線写真やCT、顕微鏡写真のようなものから患部の写真のようなものまであります。患部を写した写真などは上記の写真著作物の定義が当てはまる場合が多いように思います。それ以外の顕微鏡写真や殆ど機械的に撮影されるであろうCTなどについても、やはり問題となっている部位や細胞ををどうしたらうまく写せるか、という工夫が入っているのではないでしょうか。
また肖像写真や風景写真などについては、画像ライブラリや、あるいは画像(写真)データ自体をライセンスする会社もありますから、そういうものを利用して権利関係を明確にしておく、というのも一つの方法です。
我が国で使う以上、本来はわが国の著作権法にのっとり考えればよいのですが、実務上はそうはいきません。
国内の著者も海外誌への投稿が増えていますし、転載するデータは海外の一流誌からとられる傾向にあります。
海外誌の意向を無視して利用するということは、好ましいことではないでしょう。グローバルな「学術」という世界では「内国民待遇」
といった解釈はやりにくいというのが実際のところです。
それでは海外では「転載」をどのように扱っているのでしょうか。海外といっても英米法の伝統に立つ米国と大陸法の伝統がある ヨーロッパではかなり違うといわれていますが、学術出版社はこの数年の合併吸収もあり、グローバル化しています。 その結果ここでも米国中心の考え方が標準となっているように思われます。
まず、著作物の定義を確認します。社団法人著作権情報センターによる米国著作権法の訳です。
この内容は、「固定された」という点をのぞけば、著しくわが国と異なるようには思われません。しかし「創作的な著作物」という部分は、
英語では「Original Work」です。日本の著作権法の英訳版では「創作的に」を「creative way 」としており、
Originalとは語源的には「作者に由来する」という意味ですから、我が国の「創作的に」
よりもさらに広い範囲を対象とするようにも思います。もちろん、(b)の項目にあるように、アイデアや事実には著作権はない、
ともされており、保護されるのは「表現」であることに違いはありません。
しかし一方で、著作権の権利制限、つまり利用者が自由に使える場合、というのは「フェアユースかどうか」という点のみであることが、日本と米国の
非常に大きな違いです。我が国では著作権法第30条~50条に著作権の制限規定として、枚挙するやり方で規定しています。
したがって米国では著作物の利用をめぐっては、「フェアユースとは何か」が大きな争点になります。この問題は大きなテーマですので、別の機会に譲ります。
102条(b)項の規定でアイデア(idea)、手続き(procedure)、処理方法(process)、方式(system)、 操作方法(method of operation)、概念(concept)、原理(principle)、発見 (discovery)は著作権の保護対象ではない、という定めがあることは上に示したとおりですが、 表現内容が表現形式の選択の範囲を狭めるような場合は、その表現形式は内容に付随するものとするという、「マージ理論」も確立されています。これについても我が国でも類似の判断がなされています。
しかし実際には学術分野の出版の世界では「グラフ、表」といえども、 著作権法上の著作物かどうかはともかく、図表が果たしている役割は一般の著作物とは大きく異なります。
マージ理論や著作物性といったものだけで実務を進めるのは、医薬プロモーション資材を読む読者がその資材が利用している著作物の著者でもあるという学術コミュニティーにおいては、そぐわないように思います。
他人の著作物を自分が製作するものに利用しようとする場合、以下のことから検討を開始します。
1.それを使わなければならないのかどうか?
利用許諾を得るには時間も、場合によっては費用もかかります。特に医薬プロモーション活動で使う場合は、1点の図表について、国内出版物の場合は多くが無償から1-2万程度ですが、5万、10万という例がないわけでなく、海外の出版物なら、10万ぐらいの予算は見ておく必要があります。時間も早ければすぐに返事が来ますが、1ヶ月以上かかるケースは少なくありません。
2.著作物であるかどうか
著作物を利用したと言えなければ、著作権法上の許諾は不要です。
3.国内用で保護されているものか
保護されていれば、著作権者に連絡をとり、許諾を得る必要があります。
一見、簡単そうにみえる作業の流れですが、著作物であるかどうか、保護されているかどうか、著作者が誰か、などいずれも場合によっては大変厄介な作業となります。また著作権者との取引関係など著作権法とは別に「政策的な配慮」が入る余地もあります。そして最終的には著作権者とのコンタクトと交渉が待っています。著作権者とのコンタクトに非常に手間取る場合もあれば、コンタクトできても、許諾を拒否する場合、予算以上の許諾ロイヤルティを請求してくる場合などの事態も想定しておく必要があります。
学術論文中に現れるグラフや表は、著作権法上では「著作物ではない」場合も多いと考えられますが、自然科学におけるグラフや表の意味は通常の図形とは異なるため、著作権法を越えて、慎重な取り扱いが必要と考えています。
もちろん全てのグラフや表が著作物ではない、と言うわけではありません。あくまでも表現上の創作性」によって判断されます。データや結果をありふれた棒グラフ、折れ線グラフ、その他学術論文で普通に見られる形式のグラフや表にまとめたもの、の場合は、創作的に表現された、とは言えない可能性はあります。このサイトで紹介している裁判所の判断でもそうした判例が出ています。ただし個別の事例においては、詳しく検討しなければ結論は下せません。
一方で海外の理工系の出版社は、「いかなる部分でも無断で使ってはならない」、あるいは「フェアユースの範囲を超えて使ってはならない」、と注意書きをするところが多くあります。米国で発行されている有名な論文の書き方、 Chicago Manual of Styleにしても医学系のAMA Manual of Styleを見ても、他人の図や表を使う際には許諾を取れ、と出てきますが、これらの中にも図や表の著作権判断は難しい、と書かれています。海外の基準については、別の記事で触れています。
また理工系研究者にとって「図表」=図、写真、グラフ、表、を利用することは特別視されているという指摘(注1)があり、研究者自身もその利用に神経質なように思われます。そこには著作権法上の問題とは別に、他人のデータを無断で使っていはいけないという研究倫理の問題が混じっているのではないでしょうか。もちろん適切な出所を表示せずデータを使うことは、データの盗用や剽窃とみなされ、不正行為とされるのは言うまでもありません。
従って、著作権法だけで判断してよいのか、著者やそれを取り巻くコミュニティへの配慮はどうか、という気がします。
平成17年11月17日 東京地裁 平成16(ワ)19816
蒸気システム制御機器メーカー2社がそれぞれ製品に関して配布した資料中の図表、およびその説明文の著作物性を争った事案です。「転載許諾」でよく使われる「図表」の著作物性を直接問題にした事案として非常に興味深いと思います。裁判所の判断は、ここで使われている図表には著作物性がないので、原告が要求した複写、印刷、頒布の禁止や著作権及び著作者人格権を侵害されたことに基づく損害賠償は、いずれも却下する、というものでした。一方、説明文は著作物であると認定されました。
このコーナーで紹介している他の判例と同様に、ここでも図表の著作物性について争われましたが、裁判所は否定的な見解を示しています。
もちろん「図表」に著作権がない、著作物ではない、ということではありません。あくまで、ここで争われた図表には著作物性がない、ということに過ぎません。その図表とはどういうものか、が肝心です。
裁判所は「自然科学上の法則を踏まえて、(中略)必要な範囲内でこれを採用し得る技術的知見ないしアイデアにほかならない。そして、かかる技術的知見ないしアイデアをチャート上に表現する場合には、チャート上の一次関数として表現することになるのであり、また、設定温度において水平線を記載して、設定温度を下回る部分(実際には生じ得ない温度の部分)については、破線で記載するというのは、一般的な表現であり、かかる直線や破線は、(中略)所定の数値に対応する点や線を記入すれば、チャート上では必ず同じ表現に至るのであって、これを創作性ある表現ということはできない。」としています。
自然科学上の研究における知見やデータを図表にしたものについては、厳密に法的に争えば著作物性が否定されるケースも結構あると思います。したがって、その転載は著作権の問題ではなく、多くの場合、マナーの問題と考えられるのではないでしょうか。出典の明示は最低条件のマナーですが、それを超えて著作権者へ連絡しておく、ということです。
ただし、たいてい海外の著作権者からはロイヤルティが請求されます。しかし利用する側も著作権者の名前がほしい(=一流誌に載ったデータであるということが記載されていることが重要)わけですから、不正競争防止法の観点からも「ブランドの使用料」的な理解もやむを得ない気もします。
そして著作物であるかどうか、の判断は著作権者と利用者の利害の対立点になってしまいます。互いに争うよりも許容可能な範囲でマナーとして了解しあうのが学術分野になじむ気がします。
医学分野の代表的な論文執筆マニュアルであるAmerican Medical Association - Manual of Style: a guide for authors and editors(注1)では、第三者の著作物の利用についてどのように記しているかを調べてみました。転載許諾業務をやっていると、この考え方が世界の医学学術雑誌出版社における共通理解になっているように思います。
AMAは「原稿の準備」の章で「他の出典から持ってきたFigureの転載、改変について」(p.82)の項目をたて、「Figure」について書いています。
それによると、著作権者からの許諾が必要だ、と書いています。しかしここではTableについては触れていません。しかしもちろん全ての表が著作物ではない、と言っている訳ではなく、 p.63の「表の書き方」の項目で「他のソースから許諾を得てとってきた場合には脚注に書く」と書いてあります。この違いはおそらくFigure:図やグラフが通常、丸ごと使われるのに対して、「表」については、その中の一部分の「データのみ」を使うことが不自然ではない、ということからきているのかもしれません。
いずれにせよフェアユースの説明の部分で、グラフィックや表の素材のフェアユースの評価はむずかしい(Fair use of graphic or tabular material is more difficult to assess)とあるように、図表の問題はAMAも厄介な問題として認識しています。
表からの情報の1, 2行なら許諾は要らないだろう(might be used without permission)。しかし表を丸ごと(entire table)は許諾なしに使うと著作権侵害であると警告し、AMAは事前に発表された表やイラストの部分または全体を使うことに際しては許諾を得るように著者に要求(AMA requests all authors to obtain permission)している(p.124)とあります。
また、出版社は図表であっても非商用ならわずかなロイヤルティで使わせるが商用ならsignificant feeをチャージする、とまで具体的に記しています(p.127)。
米国で著名な論文執筆マニュアルの一つであるChicago Manual of Style(注2)は、幅広い分野を扱うためか、 AMAと少しニュアンスがことなります。
p.137では元論文のわずかな部分をあらわすものなら侵害の程度は最小であり、Open communicationのベネフィットのほうに重きが置かれる、として、シンプルなグラフは通常フェアユースとみなされるべきだと書いています 「reproduction of a single graph, table or chart that simply presents data in a straightforward relationship (snip) should ordinarily be considered fair use」。
さらに、「もちろん単に事実を表しただけの二次元、ただのリスト、は著作権で保護されない」としており、AMAに比べてChicago本のほうが著作権の権利制限をしていることがわかります。
つまりChicagoによると、おそらく多くの表は著作物ではなく、一部のグラフも著作物ではない、ということになります。AMAでは一部の表は著作物ではなく、ほとんどのFigureは著作物である、ということになります。あるいは表を著作物という場合、表自体を事実の選択や配列、創造的に事実を選択し、表現した事実の編集物とみなす解釈をしているのかもしれません。
著作権の保護期間は著作者が死亡してから50年間です。出版社に著作権を譲渡していたとしても、著作権の保護期間が「著作者が死亡してから50年間」は影響を受けるわけではありません。
著作者と著作権者は混同されるケースが多く注意が必要です。
昭和54年9月25日 大阪地裁 (判例タイムズNo.397 p.152-163)
科学的業績の先取権と著作権による保護が混同されることは、しばしば起こっているように思います。 そこには、著作権は表現を保護するがアイデアを保護するわけではない(表現とアイデアの二分法)という厄介な問題があります。このテーマに関しても幾つかの判例があります。
その表現されている内容すなわちアイデイアや理論等の思想及び感情自体は、たとえそれが独創性 、新規性のあるものであつても、小説のストーリー等の場合を除き、原則として、いわゆる著作物とはなり得ず・・・(中略)殊に、自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した技術的思想の創作である発明等は・・・(中略)著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ず・・・(中略)もつとも、自然科学上の法則やその発見及びこれを利用した発明等についても、これを叙述する叙述方法について創作性があり・・・(中略)その内容とは別に、右表現された表現形式が著作物として、著作者人格権・著作財産権の保護の対象となり得るものと解すべきである。
ここで取り上げたような判例を読むにつけ、図表やガイドラインは許諾が要るのか?という疑問がわいてきますが、実際には、何が「表現」で何が「アイデア」なのかを区別することは容易なことではありません。「これは明らかに誰が見ても」という場合以外は、実務的な観点からは、そのことを争うのは決して得策ではないと考えています。