セミナー開催のお知らせ

来る6月14日火曜日12:30-16:30の予定で株式会社情報機構の主催により大田区産業プラザ6階C会議室 にて「広告・宣伝制作における著作権実務と注意点」として医薬プロモーション資材制作を中心にとりあげるセミナーを開催します。

当日は講師として話をさせていただくだけでなく、時間のある限り、その場でのご相談もお受けしたいと考えております。

ご関心のある方は、下記のURLならびに、セミナー申込書をご覧ください。
なお、セミナーの割引申込書がダウンロードできますので、ご利用ください。

情報機構の当セミナーのURL
URL http://www.johokiko.co.jp/seminar_medical/AA110602.php

会場地図
URL http://www.johokiko.co.jp/access/ohta/



転載許諾Q&A:発行前の論文について

最近、発行前の論文のデータを使いたい、という話をよく聞きます。

発行前といっても、投稿した段階、アクセプトされた段階、オンライン版に掲載された段階、などいくつかの段階がありますが、結論的には出版社次第、としか言いようがありません。

ただし、一般的にはオンライン版に掲載された後なら使えるケースがほとんどです。通常に申請できます。また、その場合の書誌には、誌名、著者、論題と論文の固有番号であるDOIを書きます。

それ以前の段階の場合は「二重投稿」を禁じる規定との関係が気になるところです。学術誌では初出であることを投稿の条件にしていることがあります。念のために編集部に確認するのがよいと思います。

もし、OKが出たなら、アクセプトされた段階なら、In pressと書誌のあとに書き、投稿しただけなら、unpublishedと書くと、American Medical AssociationのManual of Styleでは示されています。


転載許諾Q&A:WHOの発行物について

近年、WHOの出版物やWEBサイトからの利用が増えているように思います。

ところが、WHOは二次利用に関して、販売目的や企業の利用、および研究目的であっても大量の部数などの場合は無断で利用してはならない=許諾をとれ、となっています。

公的機関であっても、米国連邦政府機関であるCDCやFDA、NIHなど以外は、日本はもちろんイギリスでも許諾が必要ですが、WHOも同様に許諾をとって利用することになります。

海外の学会や公的機関の著作物の利用で必ず書いてある注意書きは、「does not endorse any specific company nor products」といった文言です。
つまり、特定の企業や製品を推奨するものではない、ということです。
ですから、そのように取られかねない利用方法はできない、ということになります。
この意味をさらに担当者に聞くと、「一般的な文章でWHOの情報を提供するのは問題ないが、特定の製品や特定の目的のプロモーショナルサポートとして使うのは駄目だ」というコメントが戻ってき ました。
また、、「in association with commercial nor promotional activities」は許諾しないという言い方もしてきます。

また、「Please provide me an original copy of your publication for our records, showing where/how WHO material appears and how it is referenced on your product」ともあり、制作物を一部をおくり、どのように使われているかを確認する、とのことです。

WHOの情報が「直接に」特定の製品をサポートすることは少ないはずです。その一方で形式的には、資材の中でWHOの情報を使っている以上、そのことが結果的にWHOの情報がプロモーションをサポートしたことになる、と言えるように思います。
そう考えれば、やはりWHOの情報は資材では使えないということになります。
もっともWHOの情報自身を情報として配布するようなケースもあり得ます。そのような場合は、間接的には企業活動の広告宣伝かもしれませんが、プロモーションではないように思います。



AMAの出版物はプロモーション資材には使えない。

JAMAをはじめ、AMAの雑誌は、言うまでもなくトップレベルの雑誌であり、そこに掲載される論文の評価は高いものが多いのは言うまでもありません。
しかし、その一方でAMAは非常に厳しい二次利用のポリシーを持っています。

AMAの担当者(
Sean O'Donnell氏) とのやり取りでは以下のようなものでした。

(1)基本的には個々の事例によって判断するが、)しかし一般的なルールとして、次のような要素で判断する。

Each request we receive for permission to republish content from our journals is reviewed based on the individual characteristics of the proposed project. However, as a general rule of thumb, requests that contain the following elements are considered problematic and may be denied:

製品名、製薬会社名がタイトルや資材で目立っているもの。

§
Presence of the name of drug or pharmaceutical
company is prominent in the title or description of the project.

直接に、論文で議論されている製品に関係のある製薬企業の担当者によって、医療関係者に配布される場合。
§
Project is for dissemination directly to healthcare
professionals by staff or representatives of a company with an interest in the
product/services discussed in the article.
 
また、別のメールでも「プロモーションキャンペーンや広告」には許諾しないと言われています。
the AMA does not grant permission for reuse of content from its Scientific Journals for use in promotional campaigns or advertising.


政府刊行物については、「当然許諾は不要」と考える方がいらっしゃいますが、少なくとも我が国の政府刊行物には著作権があるものが殆どであり、無断で利用することはできません。著作権法上では権利の対象とならない著作物として「憲法その他の法令」「告示・訓令・通達等」「判決等」およびそれらの「翻訳物・編集物」が上げられています。また外国の法令、未批准の条約、政府作成の法律案等も含まれると解釈すべきである、とされています。その一方で学術的な報告書、国土地理院の地図などは著作権の対象となるとされています。

医薬プロモーションの世界では、白書や人口動態統計、国民健康・栄養調査といった統計、研究班の報告書などが良く出てきますが、許諾についてどうすればよいのか、厚生労働省などに問い合わせても、なかなか明確な返答が返ってこないのが実情です。

著作権法32条の第2項は次のようになっています。

2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般
に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資
料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新
聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨
の表示がある場合は、この限りでない。

この解釈は、大幅引用だけでなく、全部転載もみとめている「借用規定」とでも
いうべきもの、とされています。(著作権法コンメンタール:2巻p.186)

条文からあてはまる要件を抜き出すと、以下のようになります。
(1)国、もしくは地方公共団体の期間、独立行政法人または地方独立行政法人
が作成したもの。
(2)一般に周知させることを目的として作成されたもの。
(3)説明の材料として使う場合。
(4)禁転載との記載がないこと。

(1)については、上記の機関の名義のもとに公表する広報資料、調査統計資
料、報告書その他これらに類する著作物で、発行ではなく、作成とされているの
で、執筆、編集が上記であれば印刷発行の主体が民間でも対象になると言われて
います。(著作権法コンメンタール:2巻p.208)

(2)については、政府が発行している白書の類、文部科学白書とか経済財政白
書等、ただし、学術論文と同性格のものは含まれない(著作権法逐条解説:p.245)

(3)については、それを丸ごと複製したものを販売するようなことは認められ
ないが、説明文がすくなく、転載のほうが分量が多くても問題とはならない。翻訳も全文の資料の転載も認められている。(著作権法コンメンタール:2巻p.209)

(4)については、統計資料などには「禁転載」の記述はないようです。その一方でこれらの統計資料から作成された「国民衛生の動向」などには「禁転載」の表示があります。

ただし、著作権法上は、あくまでも「転載」とあるので、公衆送信(WEB掲載)するときなどは許諾が必要になります。

海外ではどうか、これも国によって様々ということになりますが、米国の場合は米国著作権法105条によって、政府職員が職務上作成した著作物は著作権が成立しないとされています。NIHやFDA,CDCなどの出版物はそのため自由に使えるケースが多いと思います。ただし政府職員とそうでない人の共著の場合は、その著作物は必ずしも自由に使えるというわけではありません。
まずは出版物の著作権に関する記載を確認すること、これから出発するという原則になります。

江戸時代の著作権

「江戸の訴訟」(1)という本を読んでいたら、嘉永3(1850)年8月から9月にかけて富士山東麓の御宿村(現在の裾野市御宿)の名主が江戸に出てきた際に、「大岡政要記」を写本した費用として写料を164文払ったという記録があることが書いてあった。同じく「大岡美伝」30巻の見料は124文とも書いてあった。これらは当時盛んであった貸し本屋から本を借りて写したり読んだりしたものである。
「写料」というのが気になったので同様のことが書いてあるものがないかと調べているが、今のところ見つけられない。この記述によれば、写すこと=複製をつくることは見ること=読むこととは別の権利として存在したことになる。

江戸時代は出版文化が開花した時代である。
初めて版元から原稿料をもらったのは山東京伝(1761年-1816年)らしいが、最初に印税で暮らしを立てたのは、東海道中膝栗毛で有名な十返舎一九(1765年-1831年)だとか、南総里見八犬伝の滝沢馬琴(1767年-1848年)だとも言われている。
原稿買取りに近い形のようだが、それでも再版したりする際には相応の謝礼をもらっていたらしいし、当時でも勝手に出版されたのをやめさせるなどもあったようだ。

この時代の出版は木版による印刷が主流であるが、現在の複製権や出版権と似た「重板」という権利があった。また同じような書物や抜粋版などを出してはいけないという「類板」という権利もあった(2)。
著者の権利は現在と較べると正式に保護されていたとは言えないが、版元が持っていた権利を出版権や著作財産権の一種となぞらえることもできよう。

大阪の書籍商仲間が重板・類板禁止の取り決めをお上に申し出るのが元禄11年(1698年)で、聞き届けられるのが同年8月22日であるから(3)、近代的な著作権法の始めと言われているイギリスのアン法の1710年よりも早かったことになる。内容的にも出版社(印刷)の権利から出発したという点でも類似しているところがある。江戸時代の日本では版木の所有者である版元が 出版物に関する権利者と考えられていたが、著者ではなく出版社の権利から始まったのは日本に限ったことではない。
江戸時代のこれを「著作権法」というかどうかはともかく、江戸時代にも著作物を発行する権利は一種の財産であり、著作者人格権は軽んじられていたにせよ、明らかに現在の著作権に通じる権利が存在したのである。



(1)高橋敏 『江戸の訴訟』 岩波新書 1996年
(2)市古夏生「近世における重板・類板の諸問題」 中野三敏監修 『江戸の出版』 p.234-247 ペリカン社 2005年
(3)長友千代治 『近世貸本屋の研究』東京堂出版 1979年

転載許諾Q&A:In press論文は二次利用できるか

In press、いわゆる発行前の論文は二次利用できるでしょうか?

これについては、まずIn pressというものが、オンラインジャーナルの一般化により、様態が変わっていることを把握しておく必要があります。

印刷物しかなかった時代なら文字通り、In press、だったのですが、現在は海外誌の多くで電子版が印刷版よりも早く公開されます。
しかも、査読完了だが、まだ掲載号などが決まっていない段階のものもあれば、単純に本誌が発行される前に先に載っているだけの場合もあります。

どの段階から二次利用を許すか、というのは著作権者のポリシーですが、海外誌の多くは、サイトに公開されていれば二次利用は許可するようです。
また一般的には論文がアクセプトされた時点で著作権を出版社に譲渡していると思われますが、公開するかどうかは「著作者人格権」として著者の権利です。
従って、公開されていないIn pressは出版社(著作権者)および著者の双方の許諾が必要であり、公開されている場合は、出版社(著作権者)の許諾があればOKと言うケースがほとんどであると言うことになります。

著者が資材の製作にもご協力をいただいている場合は、資材と投稿論文の二重投稿という問題にも注意する必要があります。
著者が同じ内容を既に投稿済みで、まだ公開されていない、というケースの場合は、必ず出版社に確認をとる必要があります。

弊社の事案でも、まだ原稿番号の段階のもので、出版社および著者の許諾をうけて、二次利用したケースがあります。ただし図表レベルの二次利用の話であって、論文内容を本格的に二次利用、再利用するような場合は別の判断がありうると思います。

転載許諾Q&A:学術誌に投稿する場合に許諾は必要か

弊社にも時々、先生から投稿原稿に第三者の図表を転載しているので許諾が必要か、との問い合わせがきます。

本来なら、先生に限らず、仮に、製薬会社に所属する人であっても、学術誌に投稿する場合は著作権法第32条の「引用」規定により、許諾なしに利用が認められると思います。

その一方で、投稿先の雑誌の投稿規定に「許諾を得るように」と明記してあるケースが増えています。
その場合は、法律上の解釈では、「引用」が認められるが、投稿規定=投稿者と掲載出版社との取り決めにより、許諾が掲載の条件になっている、と言うことです。
この場合、どのような取り決めにするかは基本的には出版社の自由ですので、
その条件、原稿のページ数なども同じです、に従わなければ掲載されない、とされても仕方ありません。

転載許諾Q&A:孫引きについて

孫引きには実際にはいくつかのパターンがあります。

A(元のデータ)→B(独自に作成した図表など)→C(転載した資材等)

こ の場合、CはBの出典のみ書けばOK、というのが著作権法上の解釈のように思われますが、実際 には元データの出典も書くべきです。

許諾を取ったことと、出典を書く書かないは別です。特に学術情報の世界では当然 データの出典は書くべきです。

さらに、Bの図表に出典としてAが記載されていたら、それをわざわざ消すのか、ということ にもなります。「データはXXXから」と書いてあれば当然それも一緒に写すべきでしょうし、仮に参考文献番号が付けられているだけであったとしても、 きちんと出典を書くべきです。

A(著作物とみなせる図表など)→B(それを元にした図表な ど)→C(Aからとも、Bからとも取れる資材)

この場合は、どちらの著作物を利用しているかを判断するしかなく、もしBを著作物として使っているのであれば、AとBの両方から許諾が必要です。もしAを利用していると言えるのであれば、Aから許諾を取ればよい。その場合、出典はAだけでかまいません。

転載許諾Q&A:二次利用における商業目的とは?

資材をはじめとする別の出版物への転載、つまり二次利用については、特に非営利の学会などの許諾条件に「商業目的の利用は認めない」「プロモーション目的の利用は許可されない」といったものがあります。

「商業目的」「プロモーション目的」とは何でしょうか?
他に類似の表現として営利目的、商用、と言った言い方もあります。英語ではcommercial use, promotional use, for profit, と書かれているケースが多いです。

もっとも狭い意味では、「営利目的」「for profit」とは「二次的な制作物が有料かどうか」を指すこともありますが、その使い方は実際には非常に少ない。次の「商業目的」「商用」「commercial use」と同じ意味でつかわれるケースが大多数です。
「商業目的」「商用」「commercial use」であれば、「企業活動において利用する」場合すべてを指すという意味と考えられます。

「プロモーション利用」はもうすこし企業活動の中身を具体的に、「特定の製品や企業をプロモーションする」ことを指しているように思われます。またpromotionという用語とともに、「endorsement(承認、支持、賛成)を与えるものではない」という表現も海外の権利者からはよく聞かされます。
内容だけでなく、見た目の点からも「製品名や企業名を過剰にアピールしているかどうか」が判断基準の一つのように思われます。この場合は社内の研修用や社会貢献活動としての二次利用などはプロモーションに入らないように思います。
しかし実際には「プロモーション」と「商業目的」の区別を権利者も明確にしているわけではないので、「プロモーション利用はダメと書いてあるだけだから、使ってよいだろう」と判断できるかどうか、と言えば難しいケースがほとんどです。

またその一方で日本製薬工業協会などでは自主基準としてプロモーション資材等に関する制作基準を設けていますから、その対象となるものは、自動的に「プロモーション利用」であると考えることもできます。

著作権の問題は医薬プロモーションの分野に限らず、運用の段階では曖昧ではっきりしないことが多い。それだけに、まず法律的に適切な知識に基づいて、実務や権利者の考えと重ね合わせつつ、一つ一つきちんと考えていくことが必要になってきます。

引用と広告・権利乱用

平成 20年 (ワ) 31480号 損害賠償請求事件 東京地裁

絵画オークションの告知として作られた冊子に絵画の複製を掲載したことをめぐって争いになった事件であるが、被告側はその中で引用を主張するが、退けられた事件。

 「広告は引用にあたらない」という原告側の主張や「オークションにおける図版の掲載を許可しないのは権利の乱用」という被告側の主張には、医薬プロモーションの場面でも遭遇する点があるので紹介する。

 原告の主張
 『引用の成立要件として「報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内」であることが必要とされており,本件フリーペーパーはこの要件も欠いている。 本件フリーペーパーは,そこに掲載された作品を観覧することができる場所とは無関係の場所である美術館,画廊,コンサートホール,劇場等に備え付けられたもので,明らかに本件オークションの宣伝広告媒体である。本件フリーペーパーへの本件著作物の画像の掲載は,本件オークションでの売買成立による手数料収入の増大を図るという営利私企業の図利目的によるものであり 「報道,批評,研究その他の引用の目的 ,上正当な範囲内」に該当する余地はない』
これに対して被告は、このオークションの新しさを主張して「時事の報道である」とするが、原告は『被告の会員向けに年4,5回発行される会員誌であることからすれば,宣伝広告媒体であることは明らかであり,時事の事件を報道するものには当たらない』と言う。


 裁判所は直接的に営利目的や広告媒体に掲載されたことについては、触れていない。 時事の報道であるとは認めず、主従関係の引用要件を満たしていないとして、被告の主張を退けた。

 『本件パンフレットは,被告の開催する本件オークション等の宣伝広告を内容とするものであるというほかなく,時事の事件の報道であるということはできない』。
 さらに、著作権の行使は権利の乱用であるという被告側の訴えについて、 『 被告は原告による著作権の行使は権利濫用に当たり許されないと主張する美術品を譲渡するに当たっては,その美術品がどのようなものであるかという商品情報の提供が不可欠であるとして,そのための複製等が著作権者の許諾を得ることなく認められるべきであるとの要請があることはある程度理解することができないわけではない(平成22年1月1日から施行される改正著作権法47条の2では,美術品等の譲渡の申出のための複製等が一定の要件の下に許されることとされている。。)』としながらも、
『しかしながら,著作権法は,複製権等が制限される場合を列挙して規定しており,その権利制限規定に該当しない以上,上記のような複製の必要性が認められるからといって,当然に著作権者の権利を制限すべきものとはいえない』し、『オークションカタログへの無許諾の画像掲載は,確立した国際慣習である旨主張するものの,そのような慣習が存在することを認めるに足りる証拠はなく,また,仮にそのような慣習があったとしても,強行規定である著作権法の規定に反するものであるから,被告が行った複製行為が適法となるものでもなく,また,その複製行為に対する権利行使が濫用となるものでもない』と判断した。

言語表現の著作物性の判定

知的財産高等裁判所  平成 21年 (ネ) 10030号 著作権に基づく侵害差止請求控訴事件 

新聞販売店と新聞社の間のトラブルに関して、ジャーナリスト(被告、被控訴人)が新聞社(原告、控訴人)が販売店に出した「回答書」や「催告書」をWEBに掲載したため、それらが著作物であり、複製に当たるとして訴えた案件である。

原審で「本件催告書は,著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」であるとはいえないから著作物に当たらない」などと判断し原告の請求を棄却したが、原告側は『本件催告書の著作物性について言語表現物が著作物に該当するか否かは,表現それ自体に独創性が存在するかを判断基準とすべきではなく,「誰が書いても同じになる」とはいえない程度の表現の配列や全体的な構成であるかを判断基準とすべきである』などと主張して控訴した。

知財高裁は控訴を棄却したが裁判の中で以下のように言語表現の著作物性について言われている。

『言語表現に著作物性があるか否かは,何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,作成者の個性が何ら現れていない場合は,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。言語による表現では,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,
他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作
成者の個性が現れておらず,「創作的に表現したもの」ということはできない。』

さらに、裁判所は原告が問題になった文書をひな形をもとに書いたのであり、独自に書いたものではないのではないか、という疑問をもったようで、以下のように言う。

『原告本人尋問において,本件催告書のうち,原告自身が創作性があると考える部分は具体的にどこであるかという質問に対しては,全体として創作性がある,又は自分で考えて作成したことに創作性がある旨の供述に終始しており(原告本人尋問調書9ないし12,23,25頁),具体的な創作的表現を指摘できず』とあります。

つまり、創作性の主張=著作物性の主張に「具体的な創作表現を指摘する」ということが求められているとも読めます。


改変と変形、同一性保持権と翻案権

同一性保持権と翻案権、この関係は大変わかりにくい。

同一性保持権は著作者人格権の一つであり、譲渡できないが、翻訳権・翻案等は譲渡されうる。

一般に学術分野で図表などを転載する際には、そもそも「全く同じ」というケースばかりではないし、物理的にも困難である。それらは同一性保持権の問題なのか、翻訳権・翻案権等の問題なのか、これは許諾を取る相手が誰なのか、ということに関係する実務上は大きな問題である。、

著作権法では改変とは20条に、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする」として出てくる。ただし、第2項4号で「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」は認められるとある。
一方、変形は(翻訳権、翻案権等)の第27条で「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する」として出てくる他、翻案権に触れるところで使われている用語である。

長くなるが、「著作権法逐条講義」による解説を引用させていただく。
「著作権法逐条講義」では同一性保持権を「著作者が積極的に著作物の内容を変えることが出来る権利ではなくて、その意に反してかえられることはないという権利」と書かれている。また翻案権との関係について、「著作物を翻訳したり、編曲したり、翻案したりする際には、当然に原作の表現を大幅に変更いたします。これらの二次的著作物創作行為は、現著作物において表現された著作物の内面形式を維持しつつ、著作物の外面形式を変更してまいります。これらは翻訳・編曲・翻案等に伴う必然的な改変であります。(中略)著作者人格権の問題となりうるのは著作者の意に反する性格のものであって、翻訳・編曲・翻案等に伴う必然的な避け得ない表現変更については、翻訳・編曲・翻案等を認める以上当然のことである」と書かれている。
さらに付け加えると、上記文中に内面的形式の説明として「ストーリー性とか、基本的モチーフとか、構成とかいう著作物のエッセンスをさす内面的表現形式」、外面形式の説明として「具体的文章表現、具体的旋律、個々の細部表現などの外面的表現形式」というコメントが挿入されている。

とはいえ、著作権では保護されない「アイデア」と、ここでいう「内容」「内面的表現形式」の違いというのは極めて判りにくいように私には思われる。
整理すれば、以下の通りとなる。
内容が変更され、外形もオリジナルがわからないぐらいに替わってしまえば、それは別の著作物。
内容が変更されても、外形がオリジナルを感じさせるものなら、同一性保持権の問題と翻案権の問題。
内容が変更されず、外形はオリジナルを感じさせつつも、変更されていれば翻案。
内容が変更されず、外形が全く変わってしまった場合は、アイデアなのか、内面的表現形式なのか、の判断。

著作権判例:図形の著作物性、複製、翻案の定義

平成 20年 (ワ) 12703号 著作権侵害差止等請求事件

アイデアと表現の区別をめぐる著作権上の争いは多い。多くは今回と同様に混同しており、今回の裁判も特に目新しいことが言われているわけではないが、転載許諾で多い図形に関するものとして取り上げる。

地下鉄の路線図をめぐって著作物性が争われた事件である。大阪地裁は、『著作権法は,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物とし,この著作物を作成した者を著作者として,著作権を付与しているのであって,そこで保護される著作物は,「思想又は感情」そのものではなく,これを「創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を保護対象とするもの』と延べ、『かかるアイデアを図表等を用いて表現したその具体的な表現自体が保護対象となるべきもの』と示している。

さらに、『著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい(最高裁昭和53年9月7日判決・民集32巻6号1145頁),著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著
作物を創作することをいうのであって,創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には翻案に当たらない(最高裁平成13年6月28日判決・民集55巻4号837頁参照)』と複製、翻案について、「表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分」においては、関係がないことを示した。

翻案と道義的責任

平成 19年 (ワ) 7877号 著作権侵害差止等請求事件

大阪地裁の判例ですが、マンションの広告に使ったイラストが別の作者のものを無断で翻案したものであるとして、著作権侵害が争われた裁判です。

結論としては裁判所は著作権侵害を認めなかったのですが、その判決文の末尾に以下のような一文が出てきます。

なお,本件訴訟の審理の経緯にかんがみ,付言する。上記のとおり,被告らの行為は,原告各イラストの著作権又は著作者人格権を侵害するものではなく,被告らが原告に対しこれによる法的責任を負うものではない。しかし,被告らがイラスト作成を依頼したAにおいて原告各イラストに依拠し,これを参考にして被告各イラストを作成したことは前示のとおりであり,被告各イラストが,一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない。
原告において,被告各イラストを見て原告各イラストを模倣されたと感じたことは無理もないところであるし,被告らにおいてもこの点を問題視していたことは,原告からの指摘後直ちにマンション読本の配布を取りやめるとともに,全ての在庫を調査して回収し,廃棄していることからも明らかである。したがって,被告らは原告に対し,法的責任はともかく,道義上の責任を負うことは否定できない。
裁判所は翻案については、「本質的な表現上の特徴を感得することができるものとはいえない」として従来の最高裁の規準を出して著作権侵害を退けているものの、判決文の中で「一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない」とも書いており、「一見似ていること」と「本質的特徴が感得されること」は異なるという説明をしています。確かにイコールではないでしょうが、少しわかりにくいようにも思います。
さらにまた「道義的責任」に言及しています。これについては、私自身も「法的にどうかというよりも、著者や先行研究に対するリスペクトが大事」とエチケット、マナーの問題に触れてきましたので、無用なトラブルを避けるには、この点も重要であると改めて思います。



スポンサードジャーナルをめぐって

出版社が企業のスポンサーで自社の雑誌のSupplementを発行することがあります。

企業側にとってはSupplementとして購読者に配布されますし、学術誌の体裁をとって集中的に自社製品関連の研究報告を発表できるという利点もあります。また出版社にとっても学術出版を支えるビジネスとしておこなっているようです。

これらは本質的には企業の広告の一部であることから、PubMedではこのようなスポンサードジャーナルは収録しない、という方針を出しています。
Fact Sheet:Conflict of Interest Disclosure and Journal Supplements in MEDLINE


ところで、最近、スポンサードジャーナルをめぐって、ちょっとした議論が巻き起こっています。
オーストラリアで先年、副作用で問題になったある薬剤についての論文集を製薬企業のスポンサーで出したが、それがスポンサードされていることの情報の開示が不十分であったのではないか、ということです。 出版社はすでに情報の開示が不十分であったことを認めるコメントを出しています。

企業がスポンサードで発行すること自体は問題はないと思いますが、より重要なことは、内容が恣意的に捻じ曲げられていないかどうか、ということであって、それはスポンサードジャーナルに限ったことではありません。

基本的には情報の開示がなされる限り、今度は読者の判断ということになります。

転載許諾Q&A:表紙の転載は可能か?

よくご依頼をうける内容の一つに、表紙の転載があります。

これまでの経験では、記事の執筆者の紹介の為に執筆者がこれまでに書いた書籍の表紙などを転載する場合や、論文の紹介の際にその論文が掲載された雑誌の表紙を転載する場合、記事の内容に関連の深い書籍や論文の表紙の転載の場合などがありました。

表紙が「著作物」であるかどうかはともかく、出版社の許諾を得るべきです。ただし場合によっては、著作権者が必ずしも出版社であるとは限りません。
写真やイラストを使っていて、その作者に著作権がある場合もあるでしょう。また雑誌などの場合では雑誌名や発行団体のロゴが商標権なども関係してくるケースもあります。

今までの経験では、書籍の場合はOKのケースが多く、雑誌の場合は出版社が許可しないケースが多いというところでしょうか。
特に雑誌に関しては、転載されることによって、その記事の内容と雑誌、または発行母体の団体などが直接関係があるかの印象を与えることを避けているように思われます。一部を除くと営利目的の使用はまず難しいと考えたほうが良いと思います。

「病院」誌に転載許諾に関する拙文が掲載

医学書院発行の月刊誌「病院」の2009年4月号にに拙文が掲載されました。

リレーエッセイ 「その図表,大丈夫ですか?―図表転載と著作権」

医療関係者の方が原稿を書く際の図表転載に関する注意事項をまとめたものです。1ページの短いエッセーですので、言葉足らずのところも多いかと思いますが、ご興味のある方はぜひご一読ください。


海外の著作物の保護のルール

ご存じの方も多いと思いますが、海外の著作物であっても、日本で利用する場合は日本の著作権法が適用されます。「内国民待遇」とよばれているものです。これはベルヌ条約、万国著作権条約によるものですが、ほとんどの国が加盟しています。

もちろん、逆に日本の出版物も海外での利用については、その国の著作権法によることになります。
そのため、先日、米国の検索エンジン、Googleが書籍をデータベース化することで米国の出版社と和解しましたが、その影響は日本の出版物にも及ぶことになります。

この訴訟は、米国内の図書館の蔵書を著作権者に無断で電子的にデータベース化して検索サービスを行っていたグーグルが、米作家協会や主要出版社から著作権侵害で訴えられていたものですが、和解によって、米国内で著作権を持つ権利者全てであるため、ベルヌ条約に加盟する日本の権利者も含みます。
その結果、日本の書籍もGoogleのデータベースに入る可能性があることになります。我が国の著作権者はインターネットでの利用に関して慎重な立場の人も多く、この問題は大きな話題となっています。

著作権法の「相互主義」によって、相手が短い保護期間であれば、こちらが保護期間が長くても、相手側に合わせてよい、ことになっています。相手方が長い場合でも、こちら側の保護期間に合わせればよいですが、相手方の保護期間に合わせて長くすることは認められています。

それでは米国のパブリックドメイン(公有物)となっている著作物はどうでしょうか?
相互主義を適用すれば、パブリックドメインは日本でもパブリックドメインと考えられます。ただし、非常に稀とは思いますが、米国が著作権条約に加盟する前の1956年4月28日以前のものについては、必ずしもパブリックドメインではないケースがあります。


転載許諾Q&A:著者自身による二次利用について

元の論文の著者自身が、自分の文献を二次的に別のものに利用するというケースがあります。

その場合は、元の論文を投稿した雑誌の規定によって、さまざまな判断があります。
ある出版社は著者自身による利用は全くかまわないとしていますし、ある出版社は商用でなければ構わないが商用(例:製薬企業などの資材に載せる)の場合は通常の転載と同じ、と言っています。

いずれにせよ、多くの出版社が投稿の際に複製などの権利の譲渡を求めていますから、著者だから自由に使えると、頭から考えると著作権侵害になりかねません。

転載許諾Q&A:著作権侵害を受けたら

先日、岩波書店が発行した科学ライブラリー「キリンが笑う動物園」が著作権を侵害していたとして回収になったというニュースが流れました。
著作権侵害を指摘した大阪芸術大学の若生教授によると、出典などを明記せずに自分の研究が無断で転載されている個所は21カ所に及ぶといい、研究主体が誰であるか、読者に誤解を与えるとしています。

第三者による著作権侵害に気づいたらどうすしたらよいでしょうか?
まず、どの行為が何を侵害しているのか、をきちんと把握し、放置しておいた場合の影響や損害、名誉や信用の棄損などを検討して、抗議するかどうかを決めます。

企業であれば弁護士などの法律専門家が近くにいると思いますので、まずはご相談されるでしょうが、個人の場合は、そのような専門家が身近にいないかもしれません。
しかし個人であっても、侵害行為が明らかなら、まずは相手に連絡をして、こちらの抗議の意思を伝えることが大事です。まずは出版社に連絡するのが一般的でしょう。

抗議が正当なものなら、多くはそこで解決すると思いますが、相手の対応が納得のいくものでなければ、警告文を内容証明郵便で送付します。内容証明郵便を送っておけば、その後の侵害行為は、知りながら放置していたという過失を客観的に証拠立てることができます。内容証明郵便なら専門家に頼んでも費用も余りかかりません。

それでも相手方が誠意のある対応を見せない場合は、訴訟を起こすしかありません。そうなると現実的には弁護士と相談して、次のような対処になると考えられます。

侵害行為をすぐに止めさせる必要があれば、侵害差止めの仮処分申請をおこないます。仮処分申請は、本訴による結論は時間がかかるために、とりあえず短期間で認められる仮の差止め命令を出してもらうものです。
著作権侵害に対する訴訟では、一般的に「差止め請求」「損害賠償請求」「不当利得返還請求」など」の訴えを裁判所に起こすことになります。「差止め請求」と「不当利得返還請求」は相手方の故意・過失は不要ですが「損害賠償請求」に関しては相手方の故意・過失が必要です。

このあたりは一般論では言えませんので、個別具体的に弁護士と相談されることをお勧めします。






引用と転載

一般に第三者の文章や図表などを利用する事を「引用」と言われますが、著作権法上では「引用」とは以下のように書かれています。

第32条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

つまり、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」を引用と言います。また関連して第48条では出所の明示を義務付けています。
従って、これらの要件に当てはまる場合は、著作権者に断ることなく利用しても構わない、ということになります。また「引用」とは適法な場合を指す用語として、違法なケースでは「引用」という言葉を使わず、無断利用、無断転載、と呼ぶほうがよいと思います。

条文が要件としてあげている「公正な慣行」と「正当な範囲内」については、これまでの判例から「著作物全体の中で、引用部分は主従関係の従たる扱い」「引用箇所の明瞭区分性」「必要最小限」などが言われています。
しかし「報道」「批評」「研究」以外にどのような目的なら要件をみたすのか、ということは明示されていません。
広告宣伝などの商用目的の利用はどうなのか?一般的には「引用」における「公正な慣行」とは認められないとする意見が多いように思います。


「スペイン人画家『バーンズ・コレクション展』事件」平成10年02月20日東京地方裁判所(平成6(ワ)18591)の判決文でも以下のようにあります。

被告は、美術展覧会の入場券あるいは割引引換券にその展覧会で展示されている代表的作品を収録することは広く行われている慣行である旨主張するが、著作権の保護期間内の作品を著作権者の明示又は黙示の許諾なく入場券、割引引換券に複製することが広く行われていることを認めるに足りる証拠はないし、仮にそのような行為が心ない美術展主催者によって社会に行われているとしても、それは正当化の根拠のない、著作権を侵害する行為であって、公正な慣行ということはできない。




許諾不要の改変・作図とは

改変・作図という表示をしている中にも実際には複製権の侵害になっているものや、翻案権の侵害になっているものがあることは、別の記事でも取り上げました。

逆に改めて、許諾不要の改変・作図とは、どういうものでしょうか。

表現上の本質的な特徴の同一性を維持していないような場合は、別の著作物であって複製にも翻案にもあたりません。その場合、仮にアイデア、事実など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分が同じであっても、関係ありません。このような場合には許諾は不要です。

ただし、このブログで何度も書いているように、先行研究へのエチケットとして著者や著作権者に断りを入れておく、というのは、あってよいと思います。





研究者は自分自身の著作の引用をどう考えているか

少し古い調査ですが、2006年にE.HoornとM.van der Graafによる報告(1)があります。

「出版社に著作権がある伝統的な雑誌において、自分の論文を再利用したと思ったときにどうするか?」という質問に対して自然科学系を中心に335人からの回答です。

許諾をとらない:29.0%
出版社に許諾を申請する:29.6%
面倒なので再利用はしない:18.6%
わからない・その他:22.8%

日本の著作権法では著作権法32条に「引用」という条項があり、個人の学術研究論文の場合は、許諾なしで使えるケースが多いですが、米国ではそもそも「引用だからOK」といった考え方はなく、フェアユース条項で判断します。
したがって、著者の判断というのは、フェアユース条項の判断ということでもあります。

また、E.Hoornらは、いわゆる「オープンアクセスジャーナル」について、著者らがどういうライセンスモデルが望ましいと考えているかも調べています。
オープンアクセスジャーナルは、それぞれの雑誌によってどの範囲まで著者が権利を持っているかが異なりますが、基本的には著者は自身に著作権を留保したいと考えており、特に第三者の商業利用については71%が制限したい(つまり「オープンアクセス」だからといって無断で使わせたくない)という考えです。

(1)Copyright Issues in Open Access Research Journals:The Authors' Perspective. D-Lib Magazine February 2006 Volume 12 Number 2
http://www.dlib.org/dlib/february06/vandergraaf/02vandergraaf.html


著作権登録をめぐって

小室哲哉の事件は著作権を譲渡しているにも関わらず、それを自分に著作権があるものとして文化庁に登録し、第三者に譲渡をするという詐欺事件のようです。

いわゆる二重譲渡の問題ですが、背信的悪意者でない限り、対抗要件である著作権登録を備えているほうに権利が異動します。
したがって、最初に著作権譲渡があったからといって、かならずしも著作権の譲渡を主張できるとは限りません。

自分自身が著作者で原始的に著作権を持っている状態であれば、それをわざわざ登録する必要はないと思います。自分が著作者であることを主張すればよいだけですので、過剰に神経質になる必要はありません。
しかし、もし自分がもっている著作権が誰かから譲渡されたものなら、それは登録しておかないと、その譲渡が無効になるかもしれません。

著作権登録制後は著作権そのものの発生とは関係がないため、まだまだ知られていませんが、もし、誰かから権利の譲渡を受け、そのことをきちんと主張するためには、登録しておくべきかどうか、慎重に考えるべきです。

著作権の登録についての相談はこちらから。

転載許諾Q&A:改変?作図?どう表記するか?


製作者が気になる「~を改変」「~から作成」「~より作図」などの表記は以下のようにまとめることが出来るように思います。「改変・作図と著作権許諾」の記事も参考にしてください。

(1)「~から作成、作図」
内容は同じであっても、表現形式の本質を変えて、個別独自の著作物と言えるぐらいオリジナルのものを作成する。著作権法上の許諾は不要。
もちろん、許諾を取る取らないと参考文献があることは関係がありません。作成するに当たって参照した文献は出典表示をするのは当然です。

内容が違っていて同じ表現になる場合があるとすると?・・・それがありふれた表現なら関係がありません。創作性のある表現を勝手に利用して中身が違うというのは、学術の分野ではうまく想像できないのですが、当然、複製権、同一性保持権侵害でしょうし、そもそも間違った利用ということなのではないでしょうか。

(2)「~を改変」(1)
オリジナルが判るような転載で、しかも、内容の本質的な部分を一部削除や追加したりして表現上も変ってしまっている場合。
これは同一性保持権を侵害しているので著者の許諾が必要です。表現の変更が創作的な変更であれば、翻案の許可も取る必要があります。創作的な表現の変更でなければ、同一性保持権と複製権の許諾を取れば十分です。

(3)「~を改変」(2)
同じように「~を改変」と表記する場合でも、内容は変えていないが、元の表現の本質的特徴が感得できる範囲で変更がされているものもあります。
変更が新しい創作的表現を追加していれば、翻案をしたことになり、翻案の許諾をとる。変更が創作的な表現ではなければ、複製しただけなので、複製の許諾を取ります。
このようなケースで同一性保持権についてどう考えるかは幾つかの意見があります。「やむを得ない改変」であれば同一性保持権は適用されません(著作権法第20条2項4号)。

ただし、どうであれば個別独自の著作物と言えるのか、表現の本質的な部分とはなにか、など実際に明確な線引きは難しい。また「やむを得ない改変」の解釈も学会でも見解が分かれています。
実際は過去の事例などを考えながら、リスクを勘案してどうするかは判断するしかありません。

改変・作図と著作権許諾


資材に第三者の著作物を使う場合、実際問題として、全くデッドコピーというケースは極めて少なく、編集上の都合を含めて、何らかの変更(改変)は避けられないと言っていいでしょう。

制作会社は「~を改変」「~より作図」といった表記をつけて苦労していますが、オリジナルの図表や文章に多少なりとも何らかの手を加えた場合、全て許諾が必要でしょうか?

著作権の中に、複製権、翻案権、というのがあるのはご存知と思います。「改変」という言葉から感覚的に「翻案」が浮かびますが、「~を改変」と書いたからといっても、著作権法上は実際には複製に過ぎないことも多い。
言い換えれば複製権の許諾しかとっていないのに改変したとしても、必ずしも「翻案権」や「同一性保持権」の侵害になるわけではありません。

当たり前ですが、著作権法上では何を変えたのか、どう変えたのか、によって何の権利の許諾を得ないといけないかが決まってきます。

翻案に関するリーディングケースと言われている最高裁の江差追分事件の判決(平成11年)を分析した高部氏によると、翻案の要件を以下のようにまとめています(注1)。

(1)主観的側面・・・「既存の著作物に依拠すること」
(2)客観的側面
A:「その表現上の本質的な特徴の同一性を維持」していること・・・非侵害との境界を画する
B:「具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現すること」・・・複製との境界を画する
C:これにより「これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる」こと・・・非侵害との境界を画する
D:「別の著作物を創作すること」

そこから、高部氏は「その表現上の本質的な特徴の同一性を維持していないような著作物の創作は、別個独立の著作物の創作であり、複製にも翻案にも当たらない」また、「アイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における同一性は、表現上の本質的な特徴の同一性を基礎付けることはない」とも述べて、仮に同じ部分があったとしても、それが表現それ自体でなかったり、創作性がない部分が同じであるにすぎなければ、やはり複製でも翻案でもないとしています。つまり「世界の人口は現在67億人である」という文章を「世界の人口は67億だ」として載せたとしてもそれは、元の文章の複製でも翻案でもありません。元の文章自体がありふれた表現で事実を述べただけに過ぎないからです。

次に表現上の本質的な特徴の同一性があったとして、複製と翻案の違いは付け加えられた変更が新たに思想又は感情を創作的に表現しているかどうか、です。それがなければ複製であり、あれば翻案です。
このことから、冒頭に書いたように「~を改変」と表記されているものには「翻案」だけでく、単なる「複製」も含んでおり、「~から作図」と表記されているものは、「表現上の本質的な特徴の同一性」は認められないものでしょう。多くはアイデアや事実など表現それ自体でない部分の同一性であって、許諾不要であると多いと言うことができるように思います。

注1)高部眞規子「判例からみた翻案の判断手法」著作権研究34:4-27 2007

「そんなことは誰でも知っているから、わざわざ許諾を取る必要はないのでは?」という質問を時々受けます。
しかし、それが広く知られていることと、著作権の保護の対象であるかどうかということとは関係ありません。また「常識だから」というのも、関係ありません。それらは内容がどうであるか、ということであって、著作権がその保護の対象を云々する表現の形式とは別の次元の話です。

たとえば、A研究者がX疾病の病期分類をⅠ~Ⅳとして発表したとして、その分野ではよく知られたものであるとします。しかし誰でも知っているようなものであったとしても、その分類を表現するための言い回しに創作性があれば、そのまま無断で使うことは出来ないと考えられます。
もし著作権の保護の対象にならないとすれば、それがありふれた表現であるといった場合ですが、一連のセットになった分類などでは、たいていの場合、著作権法上の創作性は認められるでしょう。
従って、使うのには許諾がいると考えるべきです。

イラストレータのBさんが心臓のイラストを描いたとします。医者なら誰でも知っている心臓の構造です。しかしBさんが書いた心臓のイラストには、普通は当然に著作権が発生します。

判例にも以下のようにあります。
~略~被告らは、右の各記述には著作物性がないとし、その根拠として、これらの記述は公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものであるから創作性がなく、思想又はその体系というべきものも見出し難いと主張する。しかしながら右各記述のすべてが公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものというのは当たらない。のみならず、著作物性を肯定するための要件たる創作性は、表現の内容である思想について要求されるのではなく、表現の具体的形式について要求されるものであり、公知の事実又は一般常識に属する事柄についても、これをいかに感得し、いかなる言語を用いて表現するかは各人の個性に応じて異なりうること論を俟たないから、右記述中に公知の事実等を内容とする部分が存在するとしても、これをもつて直ちに創作性を欠くものということはできず、その具体的表現に創作性が認められる限り、著作物性を肯定すべきものと解するのが相当である。 (昭和 52年 (ワ) 598号 東京地方裁判所)


転載許諾Q&A:ランチョンセミナーなどでの利用は?

学会ランチョンセミナーなど、企業がスポンサーのセミナーで図表を利用する場合、許諾はどうすべきでしょうか?

これについて、ある出版社からは、先生が発表の中で利用するのは学術利用=適法な引用の要件を満たしていれば許諾不要であり、その発表に付随して会場で配布するハンドアウト程度であればOK。ただし、その記録を企業がリーフレットなどにして印刷する場合は、別途許諾が必要になる、という解釈が示されました。

あくまで一つの出版社の解釈であり、他の出版社にはそれぞれお考えがあると思いますが、参考になると思います。

 

転載許諾Q&A:改変はどこまで許されますか?

オリジナルの図表、文章、などに、何らかの変更を加えることは製作の現場では日常的におこなわれています。単にレイアウト上の問題から、より見やすく、さらには、より強調したいとか、あるいは不要な(見せたくない?)データの削除といったレベルまで実際は様々な理由でおこなわれているようです。

著作権者および著者に無断で改変はできない、これが我が国の著作権法の原則です。

 

 同一性保持権(著者に属する権利)

第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

 

 翻訳権、翻案権等(著作権者が有する権利)

第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

 

したがって、著者、著作権者の権利なのですから、「この程度の改変が許されるかどうか」ではなく、「この改変を著者や著作権者が許可してもらえるか」という視点で考える必要があります。そうすれば、自ずと適正な範囲の変更というのも見えてくるように思います。

フェアユースについて

日本でもフェアユースを認めようという議論が高まってきています。この流れは一言でいえば、知的財産をビジネスとして有効に活用するには、現在の著作権法が融通が利かない、というところにあるようです。

フェアユースとは読んで字のごとく、「公正」な利用なら著作権侵害にあたらない、という規定であり、米国の著作権法107条で定められているもの です。米国では1841年のフォーサム判決でフェアユースという考え方が確立され、以後の判例の積み重ねによって、1976年に改訂された著作権法で条 文化されました。4項目の考慮事項はあるものの、裁判所はケースバイケースで判断するものとされています。いかにも裁判社会の米国らしい方式と言えます。。

こ れに対して「日本版フェアユース」は著作権の制限規定の一つとして付け加えようという案が代表的ですが、そもそも「なにがフェアユース なのか」ということが曖昧であれば、法の役割の一つである予測可能性の上で問題が残ります。紛争になれば裁判で決めるしかありませんが、そのような方式に馴染んでい ない我が国が、適正な著作物の利用の方向へ進むかどうか懸念がなくもありません。また訴訟を恐れる利用者は結局今までと同じに行動をとるような気もします。

もちろん、サーチエンジンの問題や、同一性保持権を中心とする著作者人格権と財産権としての翻案権の調整など、この機会にはっきりさせておくべきことも多くあり、一部の問題には大きな前進となるのは間違いないでしょう。

もとより私自身も境界領域の多い著作物の二次利用の世界にあって、現行著作権法が有効に機能していないと悩むことが多いですが、フェアユースが著作権者、利用者双方に「権利の乱用」の口実となることだけは避けてほしいと願います。

転載許諾Q&A:著作権表示の方法は?


利用した図表の出典を記載するのは当然ですが、海外の出版者の場合は、著作権者の表示もおこなうことが条件となるケースが殆どです。

国内では著作権者の表示についてはあまり言われていませんが、医書出版協会のWEBサイトでは、改変して使った場合は、「著者名,題名,雑誌名,巻, 号,・・・」より改変、と表示するようにと書いてあります。

海外では、出典表示とは別に、著作権の表示が指示されることが普通です。
さらに利用方法によりAdapted (改変)、Translated(翻訳)、Reprinted(改変なしの転載)などがあります。また、データだけを利用した場合でも、Data fromと書くのが一般的です。

「(c)著作権者、最初に発行された年」というのが、万国著作権条約による書き方ですが、どういう形式でれ、著作権表示の有無そのものは、著作権の有無とは関係ありません。

許諾条件に記載方法があればそれに従い、そうでなければ、書誌事項と(c)著作権者+発行年、という表示をすれば問題ないと思います。

また、非常に大事なことですが、出典や著作権表示は図表の直ぐ脇につけることが必要です。図表だけが切り取られた場合、巻末の参考文献表では、出典が不明になってしまいます。



転載許諾Q&A:許諾費用はどのくらいですか?

図表などの利用申請を出して、多くの場合は利用方法に特に問題がなければ許諾をしてもらえます。
その場合、国内の学会の多くは無償です。海外の学会も無償の場合もありますが、有償のケースもあります。ただし一般論としては商業出版社が許諾する場合に較べて費用は安価です。
商業出版社の場合は、国内でも海外でも有償のケースが多くなってきています。費用は出版社により非常に大きなバラつきがありますが、5000円程度から20万程度まで、また部数によっても加算されるケースや部数関係ない場合もあります。時には担当者による恣意的な価格付けの印象を受ける場合もあります。
費用はしばしば変更(値上げ)されますので、過去の費用が今回も同じかどうかは慎重に考える必要があります。

これとは別に許諾は不要である、と相手から言われるケースもあります。
米国や海外ならならフェアユースであるから、パブリックドメインであるから、という理由や「この場合は許諾は不要」ときちんと回答してくれるケースも稀にあります。
ただし、中にはそういった場合でも費用を請求させてくれないか、という場合もあります。

国内では著作権法上の検討にもとづく回答をいただくケースはほとんど見かけません。

複製、翻案、同一性保持の関係

資材製作では「そのままつかう(デッドコピー)」場合だけでなく、より資材としての効果を狙って何らかの変更を加えることが一般的です。
その場合、著作権法では主に複製権、同一性保持権、翻案権が関係してきます。
実務上は、著作権者に判断を任せるという方法もありますが、ここで整理しておきます。

複製権
第21条
著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。(複製の定義:第2条「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」)
同一性保持権
著作権法第20条
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

翻案権
著作権法第27条
著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

複製して利用するということは、言い換えれば、外形的にも、もちろん内容的にも同じものを使うことです。
最高裁は「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件」において「既存の著作物に依拠し、その内容および形式を覚知させるに足りるものを再製すること」としています。つまり内容と外面的表現形式の両方が覚知できることです。

一方、翻案権の概念は最高裁の「江差追分事件」の判決によると、表現の本質的な特徴を直接感得することができること、および、創作的な表現が新たに付加されていること、です。言い換えれば、本質的な内容は同じであるが、それに外形的な表現が追加されているということです。
図表の見栄えを良くする為に元の図表に変更を加える場合は、その変更が創作的な変更なら翻案です。また論文全体の内容を要約したものなども、内容は同じで表現だけを変えたが、引き続きオリジナルに依拠しているでしょうから、翻案といえるケースが多いと思います。

同一性保持権は「著作物の同一性」を変えられない権利です。これは著作者に一身専属性、つまり譲渡できないものです。内容が同じで外形的に変わっている場合は、複製権侵害だけでなく、創作的に勝手に変更したなら翻案権侵害、ですが、それが意に反する改変であったり、やむを得ない改変を超えていたりすると、同一性保持権も侵害していることになります。

コンテンツの利用に関して、出版社などに著作権が譲渡されていても同一性保持権は著者から許諾を得なければならないとなると、実務上、手間がかかるという問題があります。

そこでこの同一性保持権と翻案権の関係については次のような意見もあります。

「著作権法自体が認めている他の条項との平仄をとるために、一定の場合には同一性保持権を制限する必要がある。たとえば翻案には改変をともなうが、著作権者が翻案を承諾したにもかかわらず、著作者に同一性保持権の主張と認めるということは翻案自体の否定を意味する」(中山信弘 著作権法p402 有斐閣)
中山氏は著作者の「名誉・声望を害さない範囲の改変についての同意は20条に優先する(同書p.395)」と認めることで著作権の財としての価値を高めることができ、著作者にとっても利益がある、と言います。「翻案権の譲渡・利用許諾ということを認める以上、翻案をする権原を有するものが改変できることは、法の当然に予定しているところとも言えよう(同書p.395)」

中山氏だけでなく、田村善之氏も同じような立場(『著作権法概説』)にあるように思われますが、著作財産権を優先しすぎているとの批判もあります。

これを私なりに医薬プロモーション資材の現場に敢えて当てはめてみると、科学的に正確であること、著作者の意図する趣旨が曲げられていないこと、を最低条件として変更を加えるならば、著作権者の了解は当然得なければなりませんが、著者からの同一性保持権にもとづく許諾については、多少柔軟に考えることが出来るのかもしれないと考えています。

著作権判例:編集著作物から一部を取り出す場合

H17.11.21 知財高裁 平成17(ネ)10102 著作権 民事訴訟事件


編集著作物とは、百科辞典のように、個々の著作物から構成されるもので、その素材の選択または配列によって創作性を有するものをいう。この裁判では、含まれている個々の著作物が編集著作者の意図とは異なる使われ方で他の出版物に引用されたことに対して、編集著作者が権利侵害を訴えたもの。

判決では、個々の著作物を使ったのであって、編集著作物自体の権利を侵害したのではないとして、訴えを退けた。

医薬関連の事例で置き換えれば、医薬品の情報集や編者、監修者がいる単行書のようなものが想定できる。この判例に従えば、その情報集を構成している個々の著作物を使うならその部分についての著作権者の了解のみで使えると言うことになる。むしろ、編者から許諾をとれば、個々から取らなくてもOKと言うことにはならないことに注意をしたい。


H16.11. 4 大阪地裁 平成15(ワ)6252

日本の薬科大学に研修員として入学した原告が発表した論文(以下「原告論文」)に依拠して作成された論文(以下「被告論文」)に、執筆者として原告の氏名が表示されておらず、また、論文中で原告が作成した論文の成果を前提としたものであることも指摘しなかったことが、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害にあたるとして、訴えたもの。

主たる争点は、原告論文が著作物といえるか、です。著作物であれば当然権利の対象になりますが、著作物でなければ対象になりません。したがって、この判例は「学術論文」という特殊な著作物において、第三者の論文を利用する際の参考になるので、長くなりますが紹介します。

裁判所は、このような自然科学に関する論文の著作物性に関し、以下のように判断しています。

「論文に同一の自然科学上の知見が記載されているとしても、自然科学上の知見それ自体は表現ではないから、同じ知見が記載されていることをもって著作権の侵害とすることはできない。また、同じ自然科学上の知見を説明しようとすれば、普通は、説明しようとする内容が同じである以上、その表現も同一であるか、又は似通ったものとなってしまうのであって、内容が同じであるが故に表現が決まってしまうものは、創作性があるということはできない。もっとも、自然科学上の知見を記載した論文に一切創作性がないというものではなく、例えば、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章で構成される段落について、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章として捉えた上で、個々の文における表現に加え、論述の構成や文章の配列をも合わせて見たときに作成者の個性が現れている場合には、その単位全体の表現として創作的なものということができるから、その限りで著作物性を認めることはあり得るところである。」


つまり、実験の結果やそこから得られた知見といった学術研究の成果そのものは、著作権法による保護の対象になりません。著作権侵害の判断にあたってはその表現を比較すべきです。しかし内容が同一ないし類似の自然科学上の知見や事実関係については、誰が書いても同一又は類似する表現になってしまう傾向が強いでしょう。したがって原告論文中の当該部分については、表現における創作性を認めることはできないとして、原告の請求が斥けられたものです。


学術情報と著作権

著作権法はあくまで「表現」を保護するものです。

著作権法第2条にあるように「思想または感情を創作的に表現したもの」
を対象としており、一方で創作的でないものや事実、データなどは保護の対象にならない、とされています。また「アイデア」も保護されません。「思想または感情」を保護するのではなく、それが表現され、さらに「創作的に」表現されてはじめて著作物となるといえます。アイデアの保護については特許権などの工業所有権で保護されます。

「アイデアと表現の混同は、学術的な性質を持つ著作物で認められやすい(注1)」と言われています。「先人の理論、思想、見解などに対する批判的検討を経て到達した新たな理論、新たな思想、新たな見解などは、前に述べた事実やデータと異なり、その者の思想ないし感情を内包している。しかしそこから直ちに、理論、思想、見解が著作物性を有するというべきではない。法は、思想(や感情)を内包しているだけで著作物としているのでなく、それが創作的に表現された場合の表現を著作物としているからである。」(注2)


(注1)吉田大輔「改訂 著作権が明確になる10章」出版ニュース社、2003年、pp.40
(注2)新版 判例から学ぶ著作権 北村行夫 2004年 大田出版 p.48

著作権法の著作物の定義は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法第2条)となっています。さらに10条で著作物の例示として「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」が上げられています。写真については上記の10条の例示の中に「写真の著作物」があります。

「創作的に表現」という意味では精緻なメディカルイラストレーションはもちろん著作物ですし、よほどありふれた図形によるものでなければ、多くのイラストや図は著作物といえるでしょう。また場合によってはメディカルイラストレーターなど、論文の著者ではない人がイラストを作成している場合もあるでしょうから、その場合に著作権がどうなっているかは調べる必要があります。

写真については「平面的なものを正面から写したものは著作物ではない」とされています。ですから絵画を正面から取った写真は写真としての著作権はありません。ただし絵画としての著作権はありますから、注意が必要です。一方立体物を写した写真は著作物であるとされます。それは写し方に創作性の入る余地があるから、とされています。しかし立体だからといって証明写真のようなものは著作物とは認められません。写真の著作物と認められる場合について、肖像写真のような場合でも、「被写体にポーズをとらせ、背景、証明による光の陰影あるいはカメラアングルなどに工夫をこらすなどして、単なるカメラの機械的作用に依存することなく、撮影者の個性、創造性が現れている場合には、写真著作物として、著作権法の保護の対象となるjと解するのが相当である」(注:ブロマイド事件、昭和62年7月10日東京地裁)とされています。

それでは医学論文中の写真については、どうでしょうか?学術的な内容で使われている写真はX線写真やCT、顕微鏡写真のようなものから患部の写真のようなものまであります。患部を写した写真などは上記の写真著作物の定義が当てはまる場合が多いように思います。それ以外の顕微鏡写真や殆ど機械的に撮影されるであろうCTなどについても、やはり問題となっている部位や細胞ををどうしたらうまく写せるか、という工夫が入っているのではないでしょうか。

また肖像写真や風景写真などについては、画像ライブラリや、あるいは画像(写真)データ自体をライセンスする会社もありますから、そういうものを利用して権利関係を明確にしておく、というのも一つの方法です。


FDAやCDCのサイトの記事について

米国では連邦政府の職員による著作物はパブリックドメインとされており、自由に使うことが出来ます。
医薬プロモーションの世界でもFDAやCDCのサイトやその発行物からの転載をおこなうケースがありますが、それらが米国連邦政府の著作物であれば、パブリックドメインです。
"works created by federal employees within the scope of their official duties"ですから職務上で作成した著作物ということです。ただし、政府職員とそれ以外の著者の共著であった場合は、パブリックドメインにはなりません。
また、職員employee)ではなく、契約者(contractor)や補助金を受けている人((grantee)もこの対象にはなりません。ですからFDAやCDCが公開しているからと言って、それは米国政府がそれらの著者から許諾を得ているのであって、第三者が自由に使ってよいということでない、ということに注意が必要です。

参考:http://www.cendi.gov/publications/04-8copyright.html



どのくらいの時間で許諾がとれるのか?とは大変聞かれるご質問です。
ご依頼者にとっては、当然のことですが、残念ながら1週間で、とか3週間以内に、といったお答えがしにくいのが現状です。
一部WEBでの登録システムにより許諾作業を行っている権利者は文字通り即日という場合も有りますが、一般的には約1ヶ月はかかるとお考えください。もちろん、それも絶対ではなく、感覚です。もちろん1割程度は1ヶ月では戻ってきません。2,3ヶ月とかかり、最終的に返事をあきらめるケースもあります。弊社には多くの過去の事例があるので、多少そのような過去の事例から対応が迅速かどうかを推測することはできます。

また、一般論ですが、学会が直接発行しているものは時間がかかるように思います。やはり商業出版者が発行していたり、あるいは発行を代行していたりする出版物のほうが手際よいと感じます。
そして、商業出版者といえども、千差万別で小さいから必ずしも駄目というわけでもなく、大手でも何度督促しても返事が来ないところはいくつもあります。

結論になりませんが、備えあれば憂いなし、で早めの準備を意識されるようお勧めいたします。

論文執筆の立場から -図表-

医学論文の書き方に関するセミナーで、東大のMelinda Hull女史による 「表の作成方法」という講義があった。
なるほどと思わされたのは、本文と離れて表が使われたときでも、それがどういうデータを示しているものかわかるように、タイトルやラベル、 略号、項目名などにいたるまで、きちんと明確に記しなさい、というものであった。
確かに、そのようにきちんと書いておくことで表が別の出版物の中で使われた場合にも非常に使いやすい。 研究成果をどうお互いに利用するかという意味で非常に感心させられた。
こうした背景を考えると、表一つ、の転載でも著作権料を請求する海外出版社の立場が理解できるように思う。

海外文献からの転載 ―米国法

我が国で使う以上、本来はわが国の著作権法にのっとり考えればよいのですが、実務上はそうはいきません。
国内の著者も海外誌への投稿が増えていますし、転載するデータは海外の一流誌からとられる傾向にあります。 海外誌の意向を無視して利用するということは、好ましいことではないでしょう。グローバルな「学術」という世界では「内国民待遇」 といった解釈はやりにくいというのが実際のところです。

それでは海外では「転載」をどのように扱っているのでしょうか。海外といっても英米法の伝統に立つ米国と大陸法の伝統がある ヨーロッパではかなり違うといわれていますが、学術出版社はこの数年の合併吸収もあり、グローバル化しています。 その結果ここでも米国中心の考え方が標準となっているように思われます。

まず、著作物の定義を確認します。社団法人著作権情報センターによる米国著作権法の訳です。

第102条 著作権の対象:総則
(a)
著作権による保護は、本編に従い、現在知られているまたは将来開発される有形的表現媒体であって、 直接にまたは機械もしくは装置を使用して著作物を覚知し、複製しまたは伝達することができるものに固定された、 著作者が作成した創作的な著作物に及ぶ。著作者が作成した著作物は、以下に掲げる種類の著作物を含む。
(1) 言語著作物、
(2) 音楽著作物(これに伴う歌詞を含む)、
(3) 演劇著作物(これに伴う音楽を含む)、
(4) 無言劇および舞踊の著作物、
(5) 絵画、図形および彫刻の著作物、
(6) 映画およびその他の視聴覚著作物、
(7) 録音物、ならびに
(8) 建築著作物。

(b)
いかなる場合にも、著作者が作成した創作的な著作物に対する著作権による保護は、着想、手順、 プロセス、方式、操作方法、概念、原理または発見(これらが著作物において記述され、説明され、描写され、 または収録される形式の如何を問わない)には及ばない

この内容は、「固定された」という点をのぞけば、著しくわが国と異なるようには思われません。しかし「創作的な著作物」という部分は、 英語では「Original Work」です。日本の著作権法の英訳版では「創作的に」を「creative way 」としており、 Originalとは語源的には「作者に由来する」という意味ですから、我が国の「創作的に」 よりもさらに広い範囲を対象とするようにも思います。もちろん、(b)の項目にあるように、アイデアや事実には著作権はない、 ともされており、保護されるのは「表現」であることに違いはありません。
しかし一方で、著作権の権利制限、つまり利用者が自由に使える場合、というのは「フェアユースかどうか」という点のみであることが、日本と米国の 非常に大きな違いです。我が国では著作権法第30条~50条に著作権の制限規定として、枚挙するやり方で規定しています。 したがって米国では著作物の利用をめぐっては、「フェアユースとは何か」が大きな争点になります。この問題は大きなテーマですので、別の機会に譲ります。

102条(b)項の規定でアイデア(idea)、手続き(procedure)、処理方法(process)、方式(system)、 操作方法(method of operation)、概念(concept)、原理(principle)、発見 (discovery)は著作権の保護対象ではない、という定めがあることは上に示したとおりですが、 表現内容が表現形式の選択の範囲を狭めるような場合は、その表現形式は内容に付随するものとするという、「マージ理論」も確立されています。これについても我が国でも類似の判断がなされています。

しかし実際には学術分野の出版の世界では「グラフ、表」といえども、 著作権法上の著作物かどうかはともかく、図表が果たしている役割は一般の著作物とは大きく異なります。

マージ理論や著作物性といったものだけで実務を進めるのは、医薬プロモーション資材を読む読者がその資材が利用している著作物の著者でもあるという学術コミュニティーにおいては、そぐわないように思います。

他人の著作物を自分が製作するものに利用しようとする場合、以下のことから検討を開始します。

1.それを使わなければならないのかどうか?

利用許諾を得るには時間も、場合によっては費用もかかります。特に医薬プロモーション活動で使う場合は、1点の図表について、国内出版物の場合は多くが無償から1-2万程度ですが、5万、10万という例がないわけでなく、海外の出版物なら、10万ぐらいの予算は見ておく必要があります。時間も早ければすぐに返事が来ますが、1ヶ月以上かかるケースは少なくありません。

2.著作物であるかどうか

著作物を利用したと言えなければ、著作権法上の許諾は不要です。

3.国内用で保護されているものか

保護されていれば、著作権者に連絡をとり、許諾を得る必要があります。

一見、簡単そうにみえる作業の流れですが、著作物であるかどうか、保護されているかどうか、著作者が誰か、などいずれも場合によっては大変厄介な作業となります。また著作権者との取引関係など著作権法とは別に「政策的な配慮」が入る余地もあります。そして最終的には著作権者とのコンタクトと交渉が待っています。著作権者とのコンタクトに非常に手間取る場合もあれば、コンタクトできても、許諾を拒否する場合、予算以上の許諾ロイヤルティを請求してくる場合などの事態も想定しておく必要があります。

学術論文中に現れるグラフや表は、著作権法上では「著作物ではない」場合も多いと考えられますが、自然科学におけるグラフや表の意味は通常の図形とは異なるため、著作権法を越えて、慎重な取り扱いが必要と考えています。

もちろん全てのグラフや表が著作物ではない、と言うわけではありません。あくまでも表現上の創作性」によって判断されます。データや結果をありふれた棒グラフ、折れ線グラフ、その他学術論文で普通に見られる形式のグラフや表にまとめたもの、の場合は、創作的に表現された、とは言えない可能性はあります。このサイトで紹介している裁判所の判断でもそうした判例が出ています。ただし個別の事例においては、詳しく検討しなければ結論は下せません。

一方で海外の理工系の出版社は、「いかなる部分でも無断で使ってはならない」、あるいは「フェアユースの範囲を超えて使ってはならない」、と注意書きをするところが多くあります。米国で発行されている有名な論文の書き方、 Chicago Manual of Styleにしても医学系のAMA Manual of Styleを見ても、他人の図や表を使う際には許諾を取れ、と出てきますが、これらの中にも図や表の著作権判断は難しい、と書かれています。海外の基準については、別の記事で触れています。

また理工系研究者にとって「図表」=図、写真、グラフ、表、を利用することは特別視されているという指摘(注1)があり、研究者自身もその利用に神経質なように思われます。そこには著作権法上の問題とは別に、他人のデータを無断で使っていはいけないという研究倫理の問題が混じっているのではないでしょうか。もちろん適切な出所を表示せずデータを使うことは、データの盗用や剽窃とみなされ、不正行為とされるのは言うまでもありません。

従って、著作権法だけで判断してよいのか、著者やそれを取り巻くコミュニティへの配慮はどうか、という気がします。

(注1)青木早苗、杉村晃一 「引用に関する調査-知的財産の保護と活用のために-」メディア教育開発センター研究報告第47号、 2004、p.15

著作権判例:自然科学上の図表の著作物性

平成17年11月17日 東京地裁 平成16(ワ)19816

蒸気システム制御機器メーカー2社がそれぞれ製品に関して配布した資料中の図表、およびその説明文の著作物性を争った事案です。

「転載許諾」でよく使われる「図表」の著作物性を直接問題にした事案として非常に興味深いと思います。裁判所の判断は、ここで使われている図表には著作物性がないので、原告が要求した複写、印刷、頒布の禁止や著作権及び著作者人格権を侵害されたことに基づく損害賠償は、いずれも却下する、というものでした。一方、説明文は著作物であると認定されました。
このコーナーで紹介している他の判例と同様に、ここでも図表の著作物性について争われましたが、裁判所は否定的な見解を示しています。
もちろん「図表」に著作権がない、著作物ではない、ということではありません。あくまで、ここで争われた図表には著作物性がない、ということに過ぎません。その図表とはどういうものか、が肝心です。

裁判所は「自然科学上の法則を踏まえて、(中略)必要な範囲内でこれを採用し得る技術的知見ないしアイデアにほかならない。そして、かかる技術的知見ないしアイデアをチャート上に表現する場合には、チャート上の一次関数として表現することになるのであり、また、設定温度において水平線を記載して、設定温度を下回る部分(実際には生じ得ない温度の部分)については、破線で記載するというのは、一般的な表現であり、かかる直線や破線は、(中略)所定の数値に対応する点や線を記入すれば、チャート上では必ず同じ表現に至るのであって、これを創作性ある表現ということはできない。」としています。

自然科学上の研究における知見やデータを図表にしたものについては、厳密に法的に争えば著作物性が否定されるケースも結構あると思います。したがって、その転載は著作権の問題ではなく、多くの場合、マナーの問題と考えられるのではないでしょうか。出典の明示は最低条件のマナーですが、それを超えて著作権者へ連絡しておく、ということです。

ただし、たいてい海外の著作権者からはロイヤルティが請求されます。しかし利用する側も著作権者の名前がほしい(=一流誌に載ったデータであるということが記載されていることが重要)わけですから、不正競争防止法の観点からも「ブランドの使用料」的な理解もやむを得ない気もします。

そして著作物であるかどうか、の判断は著作権者と利用者の利害の対立点になってしまいます。互いに争うよりも許容可能な範囲でマナーとして了解しあうのが学術分野になじむ気がします。

商標、意匠、著作権

著作権とおなじく知的財産権ではありますが、商標、意匠は特許、実用新案などともに、産業財産権として区別されています。著作権との最大の違いは「登録が必要」であることです。登録されていなければ、第三者が使っても基本的には問題ありません。しかし不正競争防止法など他の法律の観点から、必ずしもそのように明確には線引きできない、というのが実情です。

商標とは「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」であって、商品または役務(サービス)の出所を示すものです(商標法第2条)。要するに特定の商品やサービスに付けられたマークであって、それによって製造者なり、サービスの提供者なりを指し示す機能をもつものです。権利は1つ以上の商品または役務を指定して登録され、登録された商標は第三者が無断で類似する商標を類似する製品やサービスに対して付けることはできません。

意匠とは「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美的感覚を起こさせるもの(意匠法第2条)」です。椅子のデザインであるとか、車のデザインであるとかが特許庁の例で挙げられています。登録の要件として、「工業上利用することができる」ものであって、新規性や容易に創作できないことが条件になっています。そして意匠権者はその意匠に係わる物品を製造し、使用し、譲渡し、・・・する行為=意匠の実施、の権利を占有するとされています。

具体的には、ある車の写真を使おうとして、その車のデザインが意匠登録されていれば、意匠権の許諾が必要になる、ということです。あるいは学会のロゴなどが商標登録されていれば、商標法上からも許諾が必要となります。
ただし、そのような登録がされていなければ、それが著作物かどうかで許諾が必要かどうか分かれることになります。
ただし、実務上は商標登録されていなくても、また著作物でないとしても、そのマークをみて誰もが、ある特定の学会や製品を思い浮かべるというのであれば、それを勝手に利用することは不正競争防止法などで訴えられる可能性は十分あります。そのようなリスクを犯して使わなければならないケースというのは限られていると思います。

著作権の保護範囲

非常に細かい議論ですが、全体として著作物として保護されるとしても、その中の一部を利用する場合、それが創作性のある部分でなければ、保護されません。
最高裁の江刺追分事件の判決でも表現上の創作性がない部分に類似性があっても、著作権の侵害にはならない、この部分は保護されない」と言っています(注1)。

これは一部分を使うことが多い資材製作の現場では関係は深いことなのですが、創作性というのは著作権法上では「独創性」というようなことではなく、表現に著作者の個性が現れていれば足りる、と言う程度のものです。したがって、安易な決め付けは控えたほうがよさそうです。

(注1)山本隆司 著作物における表現とその保護範囲 コピライト No.564 2008/4

米国の論文執筆マニュアルの基準

医学分野の代表的な論文執筆マニュアルであるAmerican Medical Association - Manual of Style: a guide for authors and editors(注1)では、第三者の著作物の利用についてどのように記しているかを調べてみました。転載許諾業務をやっていると、この考え方が世界の医学学術雑誌出版社における共通理解になっているように思います。

AMAは「原稿の準備」の章で「他の出典から持ってきたFigureの転載、改変について」(p.82)の項目をたて、「Figure」について書いています。
それによると、著作権者からの許諾が必要だ、と書いています。しかしここではTableについては触れていません。しかしもちろん全ての表が著作物ではない、と言っている訳ではなく、 p.63の「表の書き方」の項目で「他のソースから許諾を得てとってきた場合には脚注に書く」と書いてあります。この違いはおそらくFigure:図やグラフが通常、丸ごと使われるのに対して、「表」については、その中の一部分の「データのみ」を使うことが不自然ではない、ということからきているのかもしれません。

いずれにせよフェアユースの説明の部分で、グラフィックや表の素材のフェアユースの評価はむずかしい(Fair use of graphic or tabular material is more difficult to assess)とあるように、図表の問題はAMAも厄介な問題として認識しています。

表からの情報の1, 2行なら許諾は要らないだろう(might be used without permission)。しかし表を丸ごと(entire table)は許諾なしに使うと著作権侵害であると警告し、AMAは事前に発表された表やイラストの部分または全体を使うことに際しては許諾を得るように著者に要求(AMA requests all authors to obtain permission)している(p.124)とあります。
また、出版社は図表であっても非商用ならわずかなロイヤルティで使わせるが商用ならsignificant feeをチャージする、とまで具体的に記しています(p.127)。

米国で著名な論文執筆マニュアルの一つであるChicago Manual of Style(注2)は、幅広い分野を扱うためか、 AMAと少しニュアンスがことなります。
p.137では元論文のわずかな部分をあらわすものなら侵害の程度は最小であり、Open communicationのベネフィットのほうに重きが置かれる、として、シンプルなグラフは通常フェアユースとみなされるべきだと書いています 「reproduction of a single graph, table or chart that simply presents data in a straightforward relationship (snip) should ordinarily be considered fair use」。
さらに、「もちろん単に事実を表しただけの二次元、ただのリスト、は著作権で保護されない」としており、AMAに比べてChicago本のほうが著作権の権利制限をしていることがわかります。

つまりChicagoによると、おそらく多くの表は著作物ではなく、一部のグラフも著作物ではない、ということになります。AMAでは一部の表は著作物ではなく、ほとんどのFigureは著作物である、ということになります。あるいは表を著作物という場合、表自体を事実の選択や配列、創造的に事実を選択し、表現した事実の編集物とみなす解釈をしているのかもしれません。

(注1)Cheryl Iverson (chair) et. al.: American Medical Association Manual of Style : a guide for authors and editors (9 ed),Lippincotte Williams & Wilkins,1997
(注2)The Cicago Manual of Style (15ed), the University of Chicago Press,2003

著作権の保護期間は著作者が死亡してから50年間です。出版社に著作権を譲渡していたとしても、著作権の保護期間が「著作者が死亡してから50年間」は影響を受けるわけではありません。

著作者と著作権者は混同されるケースが多く注意が必要です。

昭和54年9月25日 大阪地裁 (判例タイムズNo.397 p.152-163)

科学的業績の先取権と著作権による保護が混同されることは、しばしば起こっているように思います。 そこには、著作権は表現を保護するがアイデアを保護するわけではない(表現とアイデアの二分法)という厄介な問題があります。このテーマに関しても幾つかの判例があります。

その表現されている内容すなわちアイデイアや理論等の思想及び感情自体は、たとえそれが独創性 、新規性のあるものであつても、小説のストーリー等の場合を除き、原則として、いわゆる著作物とはなり得ず・・・(中略)殊に、自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した技術的思想の創作である発明等は・・・(中略)著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ず・・・(中略)もつとも、自然科学上の法則やその発見及びこれを利用した発明等についても、これを叙述する叙述方法について創作性があり・・・(中略)その内容とは別に、右表現された表現形式が著作物として、著作者人格権・著作財産権の保護の対象となり得るものと解すべきである。

ここで取り上げたような判例を読むにつけ、図表やガイドラインは許諾が要るのか?という疑問がわいてきますが、実際には、何が「表現」で何が「アイデア」なのかを区別することは容易なことではありません。「これは明らかに誰が見ても」という場合以外は、実務的な観点からは、そのことを争うのは決して得策ではないと考えています。